2007/07/03

看板を外して広告を語れるか

かなり勇気がいるはずだ。
社名や役職を外せば、言葉の殆どが空しく響くだけだろう。


同様に、

広告賞を取るような作品を褒めるのは容易い。
だが、そうでなければ、良し悪しなど判断できる自身がある人は、少ないのではないか。



数多くの作品を見ても、批評を暗記しても無駄だ。
言葉には魂がある。
借り物であれば力はない。


改めて思うこの頃。

2007/06/22

合意形成

何かと時間と成果に追われて、信頼の醸成など無視されて久しいが、権利と義務がセットであるように、権限と責任も一緒だ。
責任を負ってこその権限であって、権限が与えられるのは責任を負うからである。
だからといって、何をして良いというものでもない。

社会の合意形成は大事である。

社内だけを見て合意形成しても広告は成り立たないので、アドバタイザーやコンシューマー、メディアを視野に入れておくのは必須だ。
どうも、ステークスホルダーという経済的な視点だけで語るベンチャーかぶれの業界もどきも少なくないが、生業とするハズの広告とは皆のバランスの上でしか成り立たないことを知らないようだ。

ま、だから何が必要かって事は、オフラインで進行中・・・と。

2007/06/20

インターネット広告業界も狭し

2年に一度、定期異動の様に転職するネット広告業界であるが、10年以上も棲んでいると再会も珍しい事ではない。
中には、二度と会う事がないと思った人も多いと思うが、5人も辿れば大統領にすら繋がるのだ。
メインプレーヤーは多いわけじゃない。
網は張られているのだ。WWWだ。

さて、久々の再開は、名刺交換から始まるわけだが、みんな立派になっている。
大きな会社にいたり、起業したり、企業グループに発展したりと、重責を担っている。

でも、どこか寂しげである。


話し込むと分かることだが、言えないことが増えてしまったのだ。
立場もペーペーじゃないから、挨拶代わりにバカな話も出来ないし軽口もたたけない。
こっちは、全然構わないんだけど。(笑)

それと、分からないことを分からないと言えない立場でもある。
辛い・・・けど、役回りとして知った振りして進めることになる。
で、迷走しちゃう。

その果てに、波乗りペンギンがパックリ口を開けて待っていたりする。
いらっしゃ~い。♪

常識に囚われないという事は、社会ルールを無視して良いという事じゃない。
誰かを犠牲にした事業は、必ず報いを受けるもの。
生活者は企業が思う以上に繊細で賢い。
事を起こす前に、話せば見えてくることもあるって。

2007/06/17

目的を知り、ターゲットを知る

広告で難しいのは、基本に忠実なことだ。
広告戦略で定められる目的、この目的の意味を知ること。
これをアドバタイザー(旧呼称:広告主)の指示するままに鵜呑みにすれば、正しい解決策は生まれない。
また、ターゲット(訴求対象)を知らなければ、目的を達するための正しい戦術は実施されない。

どんな業務でも同じはずだ。

前年対比130%の売り上げ増は目的になるのか?
それが目的なら、広告はやめるべき手段のはずだ。
広告だけで売上は増えないし、増やしてはいけないからだ。
製品・サービスの生まれた背景や目的が、生活者の役に立ってこその売上であるはずだからだ。
でなければ、売るために生まれた商品など、売れないこと自体がおかしいではないか。
広告など不要のはずだ。

市場の拡大や成長も同じだ。
プレーヤーの成長なくしては、膨張し足場も骨組みもないバブルとして弾けるしかない。

足場や骨組みは、企業文化であり哲学だ。
一朝一夕で作られるものではない。
不正を働き、人の心を失い、自分しか考えられない個人や組織は、必ず報いが下るはずだ。

社内であれば、
部下の力量も考えず、業務を丸投げしてないか。
権利ばかり主張して、義務を忌避してないか。
人の為と言いながら、私腹を肥やしてないか。

取引先とであるならば、
取引先の業容を考えて、発注しているか。
書類や会議を優先して、決断を避けてはいないか。
生活者を言い訳の主語にしていないか。

何のために働き、誰のお陰で生きていけるのか、見誤っていないか。

2007/06/13

平社員のメリット

何千万円もサラリーを貰っている人には、10%は大きいかもしれない。
マネジメントから現場に落とされたら、やっていけないかもしれない。
しかし、薄給の平社員なら、恐れることはない。


相手がスーパーサラリーマンだろうと社長だろうと、思っている事はぶつけてみるべきだ。出来ないことをコミットメントさせられるくらいなら、そんな役割や目標を拒否って、感じた事をブチまけてしまえ。

想いが本当なら、紙に書いてあろうとなかろうと、ちゃんと受け止めてくれるはずだ。
逃げ出すための口実じゃなければ、アドバイスが貰えるだろう。
足りないところを指摘してくれるし、欠けてるところを補ってくれる。
(もっとも、普段から夢を語り合える環境にあれば、必要ないことであるが、悲しいかな現実は残酷だ。)

波乗りペンギンが何かするときは、
①思いを確認する
②引き際を確認する
というベタベタな関係者の意識合わせ(パーセプション)に時間を掛ける。

必要なら一年でも二年でも。

少なくとも周りは皆プロだ。
「やるぞ!」と決まれば仕事は速い。
この気持ちを熟成させないままスタートすると、グダグダになる。
責任回避や負担軽減という自己保身に走るからだ。
これを避けるには、
「これ以上は無理っ!」という限界ラインを、お互い知るしかない。
大体、無茶を言い出すのは、相手に対する優しさが欠如しているか、自分しか見えない状態になったときが多い。
だから、お互い追い詰められた時、逃げ出すのか諦めるのか、知っておくに越したことはない。
偉くなってからでは確認しにくいし・・・ね。

2007/06/12

情報共有指数、iSI

係数を導くには研究が必要なので、経験的な仮の係数を基に話を進めたい。

さて、広告も含めて、情報を他者と共有することの難しさを、プロの皆さんなら痛感しているはずだ。
何故なのか、「氷山の一角理論」とか「アノニマス・マーケティング」とか、適当に作っていたのだが、どうにも明快な切り口が見つからなくて波乗りペンギンも困っている。

今回も仮説だが、情報の共有は常に一部分だと考えてみる。
取締役会でもチーム会でも構わないが、仮に5人いたとしよう。
原則的に一対一の場合は、およそ50%が情報共有できる。半分は誤解という勝手な受け手の解釈だ。
これに、参加者の人数が影響を与えると考えてみる。
共有できた情報=(情報10)×{K(0.5)÷共有者数(発言者を除く、5-1)}
こんな式でいいだろうか。
5人の会議だと、1.25しか情報共有できない(伝わらない)ことになる。

どうだろう。
一時間やろうが、100回話そうが、常に一割程度。

これを話すだけでなく、資料を作成したり議事録を読み返すことで、濃度を上げることも考えられるとすれば、良い線いってないだろうか・・・。

広告の場合も似たり寄ったりだろう。
一日に受け取る広告の数は、意識していないが、相当な数になるはずだ。
この中で残るものは、ほぼ無い。
恐らく、共感係数を掛ける必要があるだろう。
新聞は0.8、雑誌は0.6、テレビは0.4、ネットは0.2とか・・・。

上司の言うことはおろか、親の言う事だって聞かないわけだから、広告も想像できるのではないか?

2007/06/11

ポケットに手を突っ込むような広告

手の内が見えない、と解きます。
 その心は、自信がない。 迷ったら広告なんかするもんじゃない。
 自分が良いと思えないものなど、人が良いと思う方がおかしい。 
 その上で、自分は気に入らなくても、人が気に入るかもしれない事を見つけるのが、マーケティングの正しい使い方であり、それを伝える手法が広告ではないかと、思うわけだ。

 タイトルに持ってきた「ポケットに手を突っ込む」というのは、波乗りペンギンが先輩に注意された動作の一つ。
  広告代理店の人間は、「ポケットに手を入れて歩く」もんじゃない、まんまチンピラだ。 
 という、広告業界が水商売であって、真っ当な仕事とは思われてなかった時代の話だ。 
もちろん、そんな昔の話じゃないけど・・・。 
むろん、ポケットに手を突っ込むのは虚勢の現れだし、自信がないから手の内を見せられないという行動心理学でも説明できることだが、経験的に先輩から指導をされていたものだ。

2007/06/10

新しい媒体の作り方

誰もが挑戦して、誰もが失敗していく。
データだけでは作りきれないのが媒体である。

雑誌も廃刊、テレビ番組なら打ち切り、は後を絶たない。
こんなにIT革命で情報がふんだんに使えて、分析技術や機材も飛躍的な進化を遂げているのに・・・だ。

笑っちゃうね。

そこには意思があってコンセプトがあるのに、ブランド化される媒体は少ない。
広告に頼って、日和見て、無くなっていく媒体ばかり。
何か大事なものを忘れているんじゃないかと、思うことしきり。

人々が知りたいのはスキャンダルなのか?
情報力を自慢したいのか?
なぜ、情報発信をしたがる・・・。
犯罪に手を染めてまで、有名になりたいのか。

事実は捏造されていいのか、面白ければ嘘でもいいのか、儲かれば正義なのか?

そんな手合いに広告を載せる広告主も広告主なら、売る広告会社やメディアレップも同罪である。
コンバージョンの低さは何なのか、一度考えてみれば判るはずだろう。
既に、視聴読者の鉄槌が下っている事に、目を背けてどうするのだ。

そして、消去法で作られていく媒体は、広告主だけを向いているんじゃないかい。

2007/06/06

ベストは尽くしました

意味が分かった方は、これから起きることを大目に見て頂戴。
器用な方じゃないんだから。
と、開き直ってみる。

今月から、いろんな団体から何かが出ます。
出たら、探してみて下さい。

ほら、ココにも波乗りペンギン。
インターネット広告もモバイル広告も、マーケティングもソリューションも、制作もメディアも。

2007/05/22

盆と正月が一緒に来る

悪いことではないんだけど、作業に埋もれると思考停止になるのが問題。 質は低くなるし、ミスも多くなる。業績好調だと、人が疲弊しないってことはない。 殊に広告はサービス業なので、皆が忙しくて作業に追われると、必ずトラブルが起きる。 するとリカバリーに手間暇を取られて、さらにトラブルを呼び込む。 といって、人員を増やせば解決できるかというと、気が付いたときは後手後手になっていることが多い。しかも、ネットやモバイルは、アナログメディアと違ってハッキリ業務に現れる。 

 なぜか? 一つは、「層の厚さ」だと思う。 アナログメディアは50年以上の積み重ねで、職種に依らず広告業務を知っている人が多い。つまり、異動で調整できることが少なくない。 しかし、ネットやモバイルは特定の部署にいる人以外は、広告業務を知っている人が少ない。 ネット専業は致命的だ。同業他社からの中途採用以外に手はないのだ。 新人や異業種からの中途採用の場合、研修やOJTによって、現場がより疲弊するケースが後を立たない。現場がパタパタと倒れていく中、人員増強をしても事態は悪化しただけという経験を持っている人も多いはずだ。 

 もう一つは、「知識の深さ」だと思う。 いつも忙しいと、振り返って物事を整理したり、体系的に考える余裕がない。 情報を加工してストーリー化できなければ、物語は生まれない。 物語がなければ、語り伝えることがないわけで、業務マニュアルを渡すだけのことだ。 ならば、業務マニュアルを読めばいいのかというと、そうは問屋が卸さない。 書かれていることは結果であって、原因ではない。 操作手順であって、業務における意味はない。 なぜ確認を二人の人間が別々にするのか、部署を跨いで承認するのか、この作業がある意味を理解しなければ、マニュアルもゴミ同然だ。 アナログメディアは教育係として、ミッチリと教えてくれるだけの知識経験を持った年長者がいる。 ネットやモバイルにはいない。 5年もすれば管理職となり、現場を見ることは愚か、自分の首や会社の存続の為に時間を取られるからだ。

2007/05/01

経営効率を上げる方法

広告業界だけじゃないと思うので、波乗りペンギンが偉そうに書くのも如何なものかと思いつつ、やっぱり書いちゃうのを許されたい。

さて、タイトルは経営効率にしたが、業務効率でも何でも構わない。
要は、無駄が多い会社が「成果主義」の名の下に、効率的だと思われていることが腹立たしいのである。

価値創造を企業価値とするならば、効率は非効率になる可能性を考えたことはあるだろうか。
能力の高い(この定義すら問題だが・・・)社員だけを集めても、組織として強力で効率的になるとは限らない。いや、面倒だ、在り得ないと言い切ってしまおう。

離職率の高い会社、どんなにROIが高くても、あまり先は長くないはずだ。
理由は簡単だ。
離職率が高いというのは、根本的な問題が内在していると思われるからだ。
・ちゃんと採用機能が働いていない。つまり、社内の人材マネジメントが不全。
・研修や部署内での支援できる人間的な余裕がない。つまり、効率的過ぎる業務環境。非人間的。
・人事考課における形式的な評価、相互信頼のない上下関係と人望のない社員の蔓延。
・クリエイティブクラスの流出による暗黙知、企業文化の不在。
と、書き出せばキリがない。

定着率が高いといっても未来永劫、安心は出来ない。
どのみち、同じ事象が確認されるはずだ。
人間も馴れ合えば凶器(狂気)、大企業病の根源だ。

どちらも共通するのは形式的と惰性ではあるまいか。
書いてあることしか分からないとなれば、マネージャーは不要だ。
指示通りに動けばいいのなら、人間は不要だ。
効率を追求するだけなら経営者は不要だ。
そう、人間がやることはない。
優秀な経営指示ソフトウェアを開発して、スーパーコンピューターに任せればいいのだ。
今日、チェスや将棋でも、人間のトップレベルを凌駕する時代である。
※恐らく、プログラムを書いたことがある人なら、バカな話だと気が付くかもしれないが、世の中は怖い。 真に受ける人たちが沢山いるのだ。

作業も人がやるから指示は簡単であるが、ロボットに作業させたら指示は大変難しいことになることを知らないのである。
それこそプロセスをステップごとに解析する必要があるわけで、製造業ならロボットによる24時間オートメーションという大量生産で、コスト削減になるかもしれないが、サービス業はそうは行かない。
いや、製造工場ですら否定気味のところもあるほどだ。
商品の短命化による頻繁なモデルチェンジによる製造ラインの作り変え、BTOなどの対応では、人間の柔軟さが見直されているはずだ。

人を育てるのは手間暇は掛かるが、育てば阿吽の呼吸が生まれる。
一から説明をして、理解度を確認する必要がなくなるから、効率は高くなる。
これが部署外、社外へと広がれば、その効用は明らかだろう。
人材排出企業が強いわけを考えてみると良いだろう。

2007/04/10

広告が好きですか?それとも・・・

広告に関わっている人でも、広告が好きとは限らない。
仕方なく仕事としてやっている人も少なくない。

不幸なことであるが。

20年近く業界にいると、いろんな人を見ることになる。
華やかに見えるから、
給料が良いから、
モテるから、
etc.

いや、どれも幻想というか誤解だって・・・。
まぁ、夢から覚めない人も多い。(苦笑)

本当に広告が好きな人って、変わった人が多い気がする。
昇進とか待遇に興味がなかったり、
クライアントの歓心やアワードを煙たがったり、
沢山の広告費を持っていようが上場企業だろうが切って捨てたり、
気分が乗らなかったり鬱陶しい担当だと適当に流したり、
ドーデモいいようなことに恐ろしく拘ったり、
無茶苦茶な事をやったりする。

え!?そんな人がいるのかって?
まだ、生きてますよ。しかも、現役。
彼らはエンターテナーで楽しい人たちだ。
しかも、柔軟で頑固。
広告の話をすれば止まらないし、止められない。
本当に好きなんだなぁ・・・って、思う。

最近、トントご無沙汰ですけど。
広告の魅力って、そういう人たちが源泉なのかもしれないなぁ。

2007/04/02

広告に必要なのは

新人が入ってくるこの時期。
新人研修を担当しているので、幸せなことに、初心に帰るチャンスがめぐってくる。

ありがたい。

広告に夢と希望を持って入ってくる若者達も少なからずいる。
また、幻想を打ち砕かれるものもいる。

でも、彼らに伝えたいことは一つだ。
広告とは何か?
と、問い掛け続けることだ。

殆どの人は、忘れてしまう。
地位、名誉、権力、財産・・・と、道を過つ人の多いこと。
一つの広告が人を不幸にも幸せにもする。
そんな感動を得られないまま、また、感じることもないまま、
記号情報を流し続けることしか分からない様では、悲しい。

広告で出来ることは僅かだが、
それすらも日々の積み重ねの結果でしかない。
これに道を求め、極めることに意味を見出せないのなら、広告なんか辞めてしまえ。

ちと、過激に言い放ってみる。

2007/03/30

事件は現場で起きている

波乗りペンギンの古い友人達は、みんなお偉いさんになっている。
そんな中、波乗りペンギンが執拗に現場にこだわって、下へ下へ潜ろうとするのは、そこに知りたいことであり大切なことがあるからだ。

負け犬の遠吠えか?と揶揄もされるが、その事の重大さに気付けない人間に、何を言っても無駄である。
しかし、一部の経営者層は、その恐ろしさを知っている。
知っているが、現場に出ていったら・・・
会社は誰が面倒見るんだ!?という事になるので、現実的には無理な話だ。
結局、多くの会社が足元を掬われた要因は、現場なのに、である。

アフィリエイターといわれる人の中でも、一部不心得者が、
効率的に稼ぐために使っている不正な手法を知っているだろうか。

個人サイトに法人企業が広告を出すと、避けられない問題が出る。
その問題はどんなことか知っているだろうか。

これらは間違いなく、現場で働いている担当者、みんな直面している危機的な課題のはずだ。
金融系広告主が激減したことなんて、それに比べれば小さな問題でしかない。
現場は、日々対応に追われている。

面白おかしく話を聞いている人も多いだろうが、
正しい前提でデータは効果検証されるわけで、
これが間違っていたとしたら、全ては無駄になるのだ。
業容によっては、会社の存在そのものが否定されかねないのだ。

2007/03/07

重なる広告媒体説明会

最近、媒体説明会情報を積極的に収集する余裕がなくなった波乗りペンギンだが、やはりマズイ事態になってきていると実感。
とりあえず、重なって欲しくない媒体説明会の主催企業を挙げておくので、内向きの仕事ばっかりしてないで、横で連絡を取り合って欲しい。
cci、DAC、Yahoo!JAPAN、D2C、mediba。

もちろん、別のルートで重ならない仕組みを模索しているが、時間が掛かるので自主的にやってちょ。