2007/02/20

餌を咥えるまで紐を引くな

どうもセッカチな人たちが多い。
鵜飼だって、鵜が魚を咥えてから紐を引くのに、
時間で引っ張りやがる連中がいる。
もうちょっと、鵜を良く見て頂戴って。

鵜飼を株主や親会社、役員や管理職者に置き換えてみよう。
何か見えてくるものがあれば幸いである。

もちろん、「待てない」連鎖もあるだろう。
ならば、誰かが防波堤にならなければ、永遠に誰も待たなくなるし、待たなければ育たない事になる。

結果、結果と成果を求める世の中であるが、
王道に近道なし。
地道に積み上げたものこそ、礎となるのだ。

また、鵜にも考えて欲しいことは在る。
転職が簡単な今だからこそ、ある程度踏ん張った経験を積んで欲しいのだ。
誰もが楽しく簡単に仕事が出来るに越したことはないが、
現実は課題を見つけては乗り越える毎日である。

理不尽なことも不条理なことも、
それを抱え込んで押し切ることも場数を踏めばやることになるし、
越えてはいけない一線の手前で、
相手も案件も張り手を繰り出しながら寄り切る覚悟が必要だったりするわけだ。
もちろん、気迫で。

真っ当なことを言っても相手にされないことは多い。
自分の考えを押し付けるだけでは理解されないことも多い。
それでも、ブレないことが大事ではないだろうか。

広告も同じだと考える。
相手に届くメッセージになるためには、ブレない姿勢が大事だ。
フラフラしたヤツには、貫けないもんだからね。

2007/02/18

創るために壊し、解き放つために縛る

革新とは何か。


広告においては、ことさら大きな意味がある。
革新なくしては成り立たないサービス産業だからだ。

新聞や雑誌は産業革命があっての存在だし、その延長線上にラジオやテレビがある。
そして、情報革命の後にはインターネットがある。
どれも、重要な広告媒体だ。

が、しかし・・・だ。

容器は新しくなれど、中身は後退している。
日本には俳句や短歌など、言葉を短くしながらも芸術的な表現を実現させておきながら、これは全く生かされていない。
水墨画の様に、一色で豊かな世界が出来るのに、これを突き詰める間もなくフルカラーだ。
技術のパワーに頼りすぎている今、大きな落とし穴がパックリと口を開けて待っているのではないか?


といい続けているが、どうも伝わらないようなので、強制的に考えて貰った方が良さげと思い、左肩をそっと隠してみたりする。
転ばぬ先の杖を圧し折る様な連中には、転んで足の一本も折ってもらいましょう。
人の痛みを知る事もまた、成長には必要なことだし・・・と。

2007/02/15

広告代理店がなくなる日

既存メディアはインターネットに押され気味。
web2.0で広告代理店は上がったり。

でも、似たようなことは沢山ある。
テレビやビデオの登場で、映画がなくなったかというとハリウッドは今でもある。
ただ、映画館が消えつつある。
銭湯や本屋、これも似たような状況。

結局、業容を変えるしか生き残る道はないのだと思う。

いったん話を変えて、

全自動カメラが世に出たとき、一眼レフが一般化したとき、
写真屋さんと写真家は廃業かといわれたが、今も生きている。

ならば、

ユーチューブとか消費者作成の投稿CMが流行っても、
広告会社は残るかもしれない。
その差異化ポイントは何か?

波乗りペンギンは、ずっと考えいた。
広告代理店が広告会社になって、別のものになる日が来る・・・と。
その日を迎えるには、どうしても避けられないことがある。

それは、消費者の洗礼である。
迷惑としか思われない広告を垂れ流す、節操の無い連中を浄化するプロセスが必要なのだ。
そのためには、広告というものを知ってもらう必要があるし、オープン化して消費者や関係者に知恵をつけてもらわなければならない。
しかも、それを可能にするインターネットを知ってしまったのだ。

ということで、since 1997。

2007/02/08

下手なターゲティングも数打ちゃ当たる

商品と購買者のミスマッチというのは、殆どの製品で起きている。
その程度の差こそあれ・・・だ。

有名な話は三菱の「i」だ。
古くはポケベル。
何が違ったのかは、調べてみてちょ。
面白いぞ。

シニアケータイも蓋を開けてみたら、爪の長い女性が使っていたという話もある。

企業の狙いが、狙い通りにしかならないなんて事はない。
女性雑誌も、編集が設定した年齢よりも、3歳下になるなんて法則もある。

マーケティングにセグメンテーションという言葉があるが、
これは細分化であってターゲティングではない。
どうも、みんな誤解しているとしか思えないが、
ターゲティングで効果が上がるのは、絞り込んだことによって母数が減るからである。
つまり、バラ撒きから局所集中にしたからである。

裏を返せば当たり外れが大きくなると同時に、
当たれば当たったで、ターゲットが疲弊(満腹)しやすくなる。
いわゆる「飽き」が来るのが早まる。
そして、企業はCRMに頼り勝ちになる結果、加速的にブランドを弱らせるのである。

気が付く内はまだ良い、新規獲得に向けたブランド再生をする時間がある。
しかし、殆どは気が付かないまま死んで行くブランドの山である。
商品のバリエーション、サブブランド展開で切り抜ける手法もあるが、
コンセプトを曖昧にし尖った部分が無くなっていく場合が多い。
例えば?ソニーのウォークマンはインターネットで iPod より選ばれているだろうか。
任天堂はプレステに勝てなかったが、携帯ゲーム機では独壇場である。

企業、商品、それぞれにブランドがあるけども、
勝ち続けるのは難しい。
生き残るだけでも良い。
おそらく、それすら100年の単位で見れば、数えるくらいしかないはずだ。
幾百万の企業、商品があれど・・・。

それって広告?

最近多いのが、「カタカナ」+「広告」である。
でもって、誰も疑問に思わない。
つまり、興味がないのである。

良かれ悪しかれ、興味を持たれないという事は、広告にとって致命的である。
注意喚起しても、生活者から無視されているわけだ。
そして、被害に遭うと初めて気が付くのである。
あ・・・広告って書いてある・・・と。

それで、「なんだ、広告じゃねぇか。」と納得されちゃっているこの頃。
おいおい、それで良いのか・・・。

だったら、良くないように業界関係者を締め上げるしかないワケで、
官庁や司法を巻き込んで、広告を許認可制にしてしまうおうという非常事態も想定できる。
自浄能力がないなら、強制的に行政フィルターで濾過ということだ。

みんな、気が付いてないでしょ。
迷惑メール関連法案の前後にも、いくつか省令が出ている。
まじめに適用したら、たぶん、ネットの広告主は壊滅状態。
景表法違反、薬事法違反、不正競争防止法違反、著作権法違反、出資法違反、不当表示、不実記載、あぁ・・・コンテンツが消えていく。

2007/02/06

情報を持っている人を知っていること

頭の良し悪しよりも、人脈が命の広告業界。
博識でも優秀でも、結局敵わないのが人脈の豊富な人である。

誰一人例外なく、一日は24時間しかない。
身体は一つしかない。

計算はコンピュータで早くできるだろう。
移動は飛行機を使えば短縮できるだろう。

だが、人一人で出来ることは多寡が知れている。


世の中全てを知ることなんて並みの生物では無理だ。
だから、どうしても分からない時は、素直に聞くことにしている。

先日も、知りたいことがあったのだが、どうも見つけられない。
たぶん、見つけるだけの知識が無いみたいなのだ。
そんなときは、とりあえず迷惑承知でワーッと話してみると、
数時間も足踏みしていたのがバカみたいに思えるほど、答えを貰えた。
なんともスッキリ。

やはり、誰に聞けばいいのか判っている事は、大事だと思う次第。
ちょいと応用すれば、困ったときは誰にすがればいいのか、と同じことだと思う。
もちろん、助けて貰えるかどうかは日頃の行いなんだけど・・・。

2007/01/24

実は道具に過ぎないということ

NHK特集でgoogleが取り上げられていたが、ネット広告業界の関係者にとって、見るだけ無駄だったという声がある。
再放送があったので見ていたが、何のことは無いPRビデオである。
利用されちゃってるだけでした。

いみじくも番組中にgoogleのCEOシュミット氏が言っていたのだが、気が付かなかったのね?。

ネットで検索できないものを無くすこと、それはインフラ論だ。
しかし、それを使うのは人なのである。

テレビを見て、それも国営放送局を通じて、googleは自己主張をしている。
それは、テレビを認めているからであり利用価値があるからだ。

ということは、googleが直接伝えられる相手は、テレビなどのマスメディアと何ら変わりがない「一部の人々に過ぎない」ということを知っているからである。
波乗りペンギン的な表現に直すと、「人の"ある側面"に向けたコミュニケーション」しかできないのである。

この辺は、ADKインタラクティブの横山氏に、わかりやすく本を書いてもらえると思うので、そちらに譲ろう。(笑)