2006/11/17

良い人材がいない・・・時は

先ず隗より始めよ。

手持ちの社員で会社の外に対して影響力のある社員を選ぶのだ。
選んだら、交際費予算を渡し、一切の業務から外して、
セミナーや交流会にだけ行くことを義務にして、放って置くといい。

すると、優秀な大物人材が寄ってきては定着していく。

今は開発力が落ちた企業の、ある人物から効いた話だが、
これがわらしべ長者だった。
好きな研究が出来たわけだから、自ずと類は友を呼んでメモリーが製品化されたのだ。
必要だったのは、席で自由にタバコを吸わせる事、服装や時間について何も言わないこと、それだけだったそうだ。
とうぜん、高額年俸の超エリート技術者ばかりであるが、
好きな研究が、良い環境で出来るなら、一週間泊まり込みでも研究を続けるわけだから、お尻を引っぱたかなくても死ぬまで働き続ける勢いだったらしい。
ちなみに、全館禁煙とともに消えたらしいが・・・。

あと、ちょっと不順な誘引策なので割愛する。
効果絶大だけに・・・。

2006/11/14

創業10年未満の未熟者集団へ

社員数で100人を突破しても、資本金が100億円あっても、時間だけは残酷なほど平等である。
最近、企業の潜在力とは、どれだけ社員に自由な時間を与えているのか、だと思える。
もちろん、ヒマとかラクという意味じゃなくて。

・ふと、誰とでも立ち話が出来る。
・いつでも分からないことを聞ける人がいる。
・誰でも捕まる時間帯がある。
・思い付きを話せる。

そんな条件を満たすと、会社は自己免疫機能を発揮するんじゃないだろうか。
組織の自律神経が麻痺していると思ったら、考えてみては如何だろう。
「ワイガヤ」とか「20%ルール」とかキーワードや事例はある。

逆の例示をした方が判り易いかも知れない。

いわゆる組織の縦割りは、誰とでも話すことをさせない。
部署間の思惑とか、メンツとかで、情報の流れが悪くなる。
上司は知らないこと、分からないことを指摘されるのを恐れ、部下の統制をするからだ。
 これは、成果主義の評価だと如実に出てくる。
何しろ、上司が責任を取るなんて太っ腹なことをしたら、間違いなく上司がお払い箱になるからだ。
年功序列とは違った害がある。(まぁ、年功序列を体験したことのある人は少ないと思うが・・・)
 もし、改善したいのなら、役員自身が部下を評価する視点を変えることだろう。
それと、つまらない管理職間の突付き合いを、プラスに転化させる様に仕向けることだ。
(批判や非難をした人を兼務担当にして、当事者にしちゃうのさっ!)
相手の立場になるということを、文字通り実践することが肝要だろう。
 こんなことをしなくても良いとしたら、普段からコミュニケーションが取れて、批判や非難をしなくても事態は改善しているはずだ。
ふと話せる環境にないことが問題ではないだろうか。

どんな会社でも過去や歴史、独自の社内ルールがあるはずだ。
しかし、思いのほか社員は知らないことばかりのはずだ。
人事担当者に調べてもらうといい。
馴染めずに短期間で辞めていったり、社内の不平不満が渦巻いていたり、心の病が増えていないだろうか。
 これは、本来なら解消されるべき日々の業務に関する問題が、何も解決されていないからだ。解決しようにも、相談して良い相手なんて先輩や同僚のほかに誰がいるだろうか。
しかも、入社(または異動)間もない人にとって、異空間なのである。
聞こうにも上司は席にいないし、同僚は追い詰められて目が血走っているし、分からないことが分かるまで教えて貰おうとすれば使えないヤツだと敬遠されてしまったりする。
最初から全てを分かっている人なんて、金で雇えると思う方がどうかしてないだろうか。
 波乗りペンギンの若いころは、各セクションにご老体がいらっしゃって、根気強く教えてくれたもんだ。広告に関する歴史や事件など、もう一つ深い世界を学んだのもこの時だ。(無論、書けないことばかりだ。)

大事な話は、毎日、現場で起きている中の出来事だ。
タイムリーに報告しようにも、相談しようにも、相手が席にいなければ、伝えきれない。
波乗りペンギンが若かったころは、部長は朝必ず新聞を広げてお茶を飲んでいた。
昼飯は食べさせてくれた。
ひと息ついた時は、近くの喫茶店でコーヒーを飲ませてくれた。
夜は行きつけの飲み屋で説教してくれた。
一人で悩みを抱える暇なんてなかったのだ。
しかも、思い付いたら何か話さないと思い出話を何回も聞かされる羽目になる。
必死でネタを探したもんだ。

ちゅうことで、どうよ。
組織や人材で悩んでいるベンチャー企業のシャチョーさん。
まずは、管理職をヒマにしてあげよう。
余裕があるなら、経験のある社員を各部署に一人置いて、相談窓口にしてあげよう。
それだけで、次のコストが劇的に改善する。
・悩んでいる時間が削減できる。
・離職率が低くなるので研修コストが下がる。
・結果、リクルーティング費用が減る。
そして、活気のある前向きな組織が手に入るのさ。

2006/11/09

凡人の特権

このネット全盛の時代、アナログの時と比べれば、自分で出来ることが沢山ある。
しかし、やってみると睡眠時間を削って学ぶという事前段階が避けられない。

たぶん、優秀な人間には出来ない、凡人の特権でもある。

基本的に、自分で理解すれば良いだけなので、一見簡単だと思うかもしれない。
ところが、ネットの世界はそれを簡単にさせてくれない。
次々と新しい技術が目の前を眩ませるのだ。
その技術は、困ったことに、利用する側からプロセスが分からない。

こうして、インターネットに接続して書き込むということは、サーバ側に書き込みを記録してくれるシステムがあるワケだ。書き込むにもインフラ側で通信システムがあって、こっちにもパソコンのOSがあって、成り立っている。
もちろん、文字コードやプロトコルという国際的に標準化されているソフトのインフラもある。
知らなくて良い事だが、知らなければ理解は出来ない。
そもそも、なぜ・・・という疑問に思わなければ、前提でアウトだケド・・・。

それで、実は全部を教えてくれるものはないので、自分で積み上げる作業が必要になる。
最新であるほど、情報は少ない。
断片的なものしかないので、これをパズルの様に組み合わせて、自分なりに学ぶしかない。
サービスを提供している側も、実は教えるほどのことはなかったりするケースも多い。
大体は、一人のキーマンが動かしているわけで、その人に訊かないと「どうやって動いているのか」仕組みが分からないなんて、オチはよくある。
原因は、誰も疑問に思って質問しないからなんだけど、それだけ優秀な人間ばかりなんだろう。

ということで、難しいことが出来ない分、単純な発想で遠回りするわけで、これが学びの実態。

もちろん、メリットはある。
やったことは仕事じゃなくても経験なので、具体的な話だけは遅れをとらなくて済むのである。
web2.0とかマッシュアップは分からなくても、皆で一つの文章を修正掛けていくのは、ワードの校正支援機能を使わなくても、具体的に例示できるのである。

2006/11/05

温故知新

過去を振り返ることは決して無駄なことではない。
体系化された知識に基づく過去への回帰は、将来のビジネスへの扉になるはずだ。
もし、波乗りペンギンの言うことが信じられないなら、優れた(!?)検索エンジンを使って、過去を探れば良い。
どれもこれも、新しいビジネスモデルだの新しい発想だのとリリースされながら、殆ど2006年に残っていないだろう。一割にも満たないことが確認できたら、君の発想が貧困であることを前提に、全てを受入れるつもりで先人達に学ぶが良い。
たとえ、デジタルだろうがインターネットだろうがモバイルであろうが、本質を見極めれば大差ないことを肝に銘じるのだ。
忘れるな、我々人間は種の保存の原則には逆らえない。社会的動物であることに変わりない。一人で生きられる人間は居ない。引き篭もりですら、だ。

人類が繁栄した歴史に学べ、文明の発達した過程をなぞれ、将来への希望は社会にある。
どんなに時価総額を追いかけても、富豪ですら、幸福を満たすのは金ではないことを思い知るが良い。
サービスとは、買えないものこそ最高のモノなのだ。
広告もまた、然りである。

2006/10/29

仮説無しの調査

デスク・トップ・リサーチ(DTR)が当たり前になった昨今、その手軽さゆえに意味のない調査(事前調査、計画段階での調査という意味に限定)が行われている。
見極める点は、仮説があるかどうか、そこでしかない。

まじめに事業企画書を書く場合、そのデータは仮説があるものでなければ、事業は行き当たりばったりの展開になるだろう。
もちろん、面白ければ金を出してくれるエンジェルはいる。
寄せ集めのデータを張り合わせたところで、問題になることは、その場ではないだろう。

では、なぜ仮説が必要なのかという部分だが、PLAN・DO・SEEという基本形を考えて欲しい。
計画・実行・検証のサイクルである。
しかし、目的や目標が、どの程度正しいのかという問題は、やってみないと分からない。
そう、検証されるまで。

その検証が調査であるならば、計画段階での目標から成果に至るまでのプロセスが仮定されていなければ、検証できるものはないはずだ。

つまり、実行されたという仮定の下に検証することで、計画段階での誤差を少なくするわけだ。
調査の意味は、ココにあると思う。

ちなみに、実行された結果による検証は、事例でしかない。
(事例調査は、結果と原因の因果関係を知るために行う収集分析である。この限りは。)

2006/10/22

IT用語辞典の広告用語で・・・

近頃のインターネット広告関係者は、広告用語辞典(広告関係の書籍、団体によるもの)で調べずにIT用語辞典(技術系の書籍、ニュースサイトなど)で、広告用語を調べるのである。
それも、新人さんや異業種から来たんだったら、許される勘違いである。
どれが広告で、どれがインターネットか、それが分かっていないんだから・・・。

しかし、このネット広告業界で数年働いていたり、広告会社で働いていたはずの人まで、そういう調べ方や理解をしているのは、かなり方向がずれている。
もちろん、そんな指摘をされることは、あるわけがないから仕方ない。

しかし、インターネットだからといって、現実世界の広告と違うものであっていいのだろうか?
これだと、質問の意味が分からないか。

テレビ広告とインターネット広告では、人間以外の何か、に対して広告をしているのだろうか。
例えば、人工知能を持ったプログラムとか、感情を持った自立型ロボットとか、そんなもんだ。
別に、サルでも犬でも構わない。ガミラス星人でも、メトロン星人、バルタン星人でもいいぞ。
今のところ、人が相手であることに違いはないはずだ。

だったら、インターネットだからといって広告が違ったものになるのはおかしいと思わないのだろうか。 ( 勿論、表現方法や手法など物理的な問題は違って当然 )

ちゅうことだが、読まれた皆さんの考えはどうだろう。
マーケティングという上位概念を理解している方なら、分かってくれると思う。
もし、言いたいことが伝わったなら、嬉しい。

2006/10/17

成果主義が歪ませた広告サービスの皮肉

インタラクティブ広告業界が歪んでしまった最大の要因は何か?
それは安易な数値評価に走った成果主義に他ならない。
人を機械扱いにしたのだ。
チャップリンのモダンタイムスは、その意味でも傑作だろう。
近代化と同じことが、現代、インターネット革命でも起きているのだ。

サービスでもある広告は、広告主や生活者も含んだ社会へのサービスを通じて、コミッションなどの対価を得られるのであって、機械的なコンバージョンによる成果報酬を意味するものではない。
広告メディアビジネスは編集・編成による媒体社の価値フィルターによって、区別された広告という情報が生活者に届けられるからこそ意味があり、価値がある。
情報を媒介するだけでは、付加価値を生まない。

検索サイトもまたメディアであるとすれば、いくつかの条件が満たされる必要があるだろう。
・検索結果は編集行為を自動的に行う仕組みの一部であり、どう情報を区別し提供するかという設計思想を編集意思とみなせる。
・編集された検索結果に対して、媒体社として掲載する広告を区別していること。
今のところは以上の二つだ。

ちなみに、グーグルは結果的に条件を満たしている。
利用者本位のロジックが、返って検索結果と広告の相性を良くしてしまったのが皮肉な結果だ。
オッカムのかみそり、だといったら見当違いだろうか。

非常に複雑な広告商品をインターネット広告は広告主や広告会社に生み出したが、利用する側にとっては単純なことだったのかもしれない。
入力した検索語に合わない広告は意味がない。
もちろん、文字通りの意味で・・・だ。