2007/06/17

目的を知り、ターゲットを知る

広告で難しいのは、基本に忠実なことだ。
広告戦略で定められる目的、この目的の意味を知ること。
これをアドバタイザー(旧呼称:広告主)の指示するままに鵜呑みにすれば、正しい解決策は生まれない。
また、ターゲット(訴求対象)を知らなければ、目的を達するための正しい戦術は実施されない。

どんな業務でも同じはずだ。

前年対比130%の売り上げ増は目的になるのか?
それが目的なら、広告はやめるべき手段のはずだ。
広告だけで売上は増えないし、増やしてはいけないからだ。
製品・サービスの生まれた背景や目的が、生活者の役に立ってこその売上であるはずだからだ。
でなければ、売るために生まれた商品など、売れないこと自体がおかしいではないか。
広告など不要のはずだ。

市場の拡大や成長も同じだ。
プレーヤーの成長なくしては、膨張し足場も骨組みもないバブルとして弾けるしかない。

足場や骨組みは、企業文化であり哲学だ。
一朝一夕で作られるものではない。
不正を働き、人の心を失い、自分しか考えられない個人や組織は、必ず報いが下るはずだ。

社内であれば、
部下の力量も考えず、業務を丸投げしてないか。
権利ばかり主張して、義務を忌避してないか。
人の為と言いながら、私腹を肥やしてないか。

取引先とであるならば、
取引先の業容を考えて、発注しているか。
書類や会議を優先して、決断を避けてはいないか。
生活者を言い訳の主語にしていないか。

何のために働き、誰のお陰で生きていけるのか、見誤っていないか。

2007/06/13

平社員のメリット

何千万円もサラリーを貰っている人には、10%は大きいかもしれない。
マネジメントから現場に落とされたら、やっていけないかもしれない。
しかし、薄給の平社員なら、恐れることはない。


相手がスーパーサラリーマンだろうと社長だろうと、思っている事はぶつけてみるべきだ。出来ないことをコミットメントさせられるくらいなら、そんな役割や目標を拒否って、感じた事をブチまけてしまえ。

想いが本当なら、紙に書いてあろうとなかろうと、ちゃんと受け止めてくれるはずだ。
逃げ出すための口実じゃなければ、アドバイスが貰えるだろう。
足りないところを指摘してくれるし、欠けてるところを補ってくれる。
(もっとも、普段から夢を語り合える環境にあれば、必要ないことであるが、悲しいかな現実は残酷だ。)

波乗りペンギンが何かするときは、
①思いを確認する
②引き際を確認する
というベタベタな関係者の意識合わせ(パーセプション)に時間を掛ける。

必要なら一年でも二年でも。

少なくとも周りは皆プロだ。
「やるぞ!」と決まれば仕事は速い。
この気持ちを熟成させないままスタートすると、グダグダになる。
責任回避や負担軽減という自己保身に走るからだ。
これを避けるには、
「これ以上は無理っ!」という限界ラインを、お互い知るしかない。
大体、無茶を言い出すのは、相手に対する優しさが欠如しているか、自分しか見えない状態になったときが多い。
だから、お互い追い詰められた時、逃げ出すのか諦めるのか、知っておくに越したことはない。
偉くなってからでは確認しにくいし・・・ね。

2007/06/12

情報共有指数、iSI

係数を導くには研究が必要なので、経験的な仮の係数を基に話を進めたい。

さて、広告も含めて、情報を他者と共有することの難しさを、プロの皆さんなら痛感しているはずだ。
何故なのか、「氷山の一角理論」とか「アノニマス・マーケティング」とか、適当に作っていたのだが、どうにも明快な切り口が見つからなくて波乗りペンギンも困っている。

今回も仮説だが、情報の共有は常に一部分だと考えてみる。
取締役会でもチーム会でも構わないが、仮に5人いたとしよう。
原則的に一対一の場合は、およそ50%が情報共有できる。半分は誤解という勝手な受け手の解釈だ。
これに、参加者の人数が影響を与えると考えてみる。
共有できた情報=(情報10)×{K(0.5)÷共有者数(発言者を除く、5-1)}
こんな式でいいだろうか。
5人の会議だと、1.25しか情報共有できない(伝わらない)ことになる。

どうだろう。
一時間やろうが、100回話そうが、常に一割程度。

これを話すだけでなく、資料を作成したり議事録を読み返すことで、濃度を上げることも考えられるとすれば、良い線いってないだろうか・・・。

広告の場合も似たり寄ったりだろう。
一日に受け取る広告の数は、意識していないが、相当な数になるはずだ。
この中で残るものは、ほぼ無い。
恐らく、共感係数を掛ける必要があるだろう。
新聞は0.8、雑誌は0.6、テレビは0.4、ネットは0.2とか・・・。

上司の言うことはおろか、親の言う事だって聞かないわけだから、広告も想像できるのではないか?

2007/06/11

ポケットに手を突っ込むような広告

手の内が見えない、と解きます。
 その心は、自信がない。 迷ったら広告なんかするもんじゃない。
 自分が良いと思えないものなど、人が良いと思う方がおかしい。 
 その上で、自分は気に入らなくても、人が気に入るかもしれない事を見つけるのが、マーケティングの正しい使い方であり、それを伝える手法が広告ではないかと、思うわけだ。

 タイトルに持ってきた「ポケットに手を突っ込む」というのは、波乗りペンギンが先輩に注意された動作の一つ。
  広告代理店の人間は、「ポケットに手を入れて歩く」もんじゃない、まんまチンピラだ。 
 という、広告業界が水商売であって、真っ当な仕事とは思われてなかった時代の話だ。 
もちろん、そんな昔の話じゃないけど・・・。 
むろん、ポケットに手を突っ込むのは虚勢の現れだし、自信がないから手の内を見せられないという行動心理学でも説明できることだが、経験的に先輩から指導をされていたものだ。

2007/06/10

新しい媒体の作り方

誰もが挑戦して、誰もが失敗していく。
データだけでは作りきれないのが媒体である。

雑誌も廃刊、テレビ番組なら打ち切り、は後を絶たない。
こんなにIT革命で情報がふんだんに使えて、分析技術や機材も飛躍的な進化を遂げているのに・・・だ。

笑っちゃうね。

そこには意思があってコンセプトがあるのに、ブランド化される媒体は少ない。
広告に頼って、日和見て、無くなっていく媒体ばかり。
何か大事なものを忘れているんじゃないかと、思うことしきり。

人々が知りたいのはスキャンダルなのか?
情報力を自慢したいのか?
なぜ、情報発信をしたがる・・・。
犯罪に手を染めてまで、有名になりたいのか。

事実は捏造されていいのか、面白ければ嘘でもいいのか、儲かれば正義なのか?

そんな手合いに広告を載せる広告主も広告主なら、売る広告会社やメディアレップも同罪である。
コンバージョンの低さは何なのか、一度考えてみれば判るはずだろう。
既に、視聴読者の鉄槌が下っている事に、目を背けてどうするのだ。

そして、消去法で作られていく媒体は、広告主だけを向いているんじゃないかい。

2007/06/06

ベストは尽くしました

意味が分かった方は、これから起きることを大目に見て頂戴。
器用な方じゃないんだから。
と、開き直ってみる。

今月から、いろんな団体から何かが出ます。
出たら、探してみて下さい。

ほら、ココにも波乗りペンギン。
インターネット広告もモバイル広告も、マーケティングもソリューションも、制作もメディアも。

2007/05/22

盆と正月が一緒に来る

悪いことではないんだけど、作業に埋もれると思考停止になるのが問題。 質は低くなるし、ミスも多くなる。業績好調だと、人が疲弊しないってことはない。 殊に広告はサービス業なので、皆が忙しくて作業に追われると、必ずトラブルが起きる。 するとリカバリーに手間暇を取られて、さらにトラブルを呼び込む。 といって、人員を増やせば解決できるかというと、気が付いたときは後手後手になっていることが多い。しかも、ネットやモバイルは、アナログメディアと違ってハッキリ業務に現れる。 

 なぜか? 一つは、「層の厚さ」だと思う。 アナログメディアは50年以上の積み重ねで、職種に依らず広告業務を知っている人が多い。つまり、異動で調整できることが少なくない。 しかし、ネットやモバイルは特定の部署にいる人以外は、広告業務を知っている人が少ない。 ネット専業は致命的だ。同業他社からの中途採用以外に手はないのだ。 新人や異業種からの中途採用の場合、研修やOJTによって、現場がより疲弊するケースが後を立たない。現場がパタパタと倒れていく中、人員増強をしても事態は悪化しただけという経験を持っている人も多いはずだ。 

 もう一つは、「知識の深さ」だと思う。 いつも忙しいと、振り返って物事を整理したり、体系的に考える余裕がない。 情報を加工してストーリー化できなければ、物語は生まれない。 物語がなければ、語り伝えることがないわけで、業務マニュアルを渡すだけのことだ。 ならば、業務マニュアルを読めばいいのかというと、そうは問屋が卸さない。 書かれていることは結果であって、原因ではない。 操作手順であって、業務における意味はない。 なぜ確認を二人の人間が別々にするのか、部署を跨いで承認するのか、この作業がある意味を理解しなければ、マニュアルもゴミ同然だ。 アナログメディアは教育係として、ミッチリと教えてくれるだけの知識経験を持った年長者がいる。 ネットやモバイルにはいない。 5年もすれば管理職となり、現場を見ることは愚か、自分の首や会社の存続の為に時間を取られるからだ。