2007/01/05

広告バブルを抑止せよ

インターネットだのモバイルだの、広告の頭に言葉をつけて、謀る者を排除せよ。
言葉の組み合わせでごまかす限り、中身はない。
広告そのものを変える者たちにこそ、変革への勇気が賞賛されるべきである。

自己矛盾を起こしていると!?
いや、広告人であるという基点は変えたつもりは毛頭ない。(毛根は少なくなっているが)
広告するとして、有効な方法やメディアが、インターネットやモバイルだと思っている。
決して、メディアミックスだのIMC、新聞媒体や雑誌媒体、などが広告ではない。
つまり、広告=マーケティング=広告媒体ではないのだ。

ましてや、「インターネット=広告」とか「モバイル=広告」なんて、あり得ない。

そもそも、広告があろうがなかろうが、媒体は存在し成立できる独立したものだ。
一方、広告は媒体なしには存在できない。
時に、広告は言葉や図表に置き換えられ、インフラ化した新聞やテレビに載るしかないのだ。
コピー、デザインが大事な理由がわかるだろうか?

もちろん、コピーやデザインは効果的に伝える芸術的技法であるため、当たり外れが激しい。
少なくとも、
・広告をしたい側、代理人 (広告主、広告会社の営業責任者)
・広告を作る責任者 (クリエイティブディレクター、アカウントプランナー)
・広告の企画を考える人 (マーケティングプランナー)
・広告の伝え方を計画する人 (メディアプランナー、コーディネイター)
という役割を担っているスペシャリストの意思統合をしなければ作品は出来ない。

検索ワードを入札して広告などとは片腹痛い。
何が言いたいんだろうか。
何を伝えたいんだろうか。
そんな視点のない広告など、ましてやリンク先のページなど、マニュアルどおりの効率を高めてはくれるだろう。
しかし、売れる構成に配置されたページを見て、生活者はどう受け止めるのだろうか。

肝心なことが抜けてないかね。
人の心があるかね。
寂しいね。

出来ることと、やっていいことは別。
出来るけど、やらないという選択をしないと、
出来ることだけしか、やらなくなるだろう。

そうなると、出来ることを工夫しようとはしないだろう。
たんに、スレスレを狙うわけだ・・・。グレーな広告代理店だったあの時代へ・・・。

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